(第1巻 第4号)
2017年12月31日日曜日
2017年10月16日月曜日
入院患者の日記(1)(第1巻 第3号)
18歳、頭重常習、神経質患者
起床第2日、(1月16日)……仕事は器械的では駄目だという。仕事の見つからないのが気になって、昼食も旨くない。焚物の分類を教えてもらう。丁寧にやれば仕事は幾らでもある。しかし考えてみれば、馬鹿げた仕事である。こんな事をしていても仕事になるだろうかと思われる。気を紛らせているのと同じではないだろうか。こんなに考えるのは屁理屈かもしれない。屁理屈がいけないとすると、考えないでやるのだろうか。すると器械的になりはしまいか。疑問を持ちながら、夕方は余り苦痛ではなかった。何もしないでいるよりは、どんな仕事でも嬉しい。……
第5日、朝山さんと炭切りをしている所へ、先生が来られて、こんな話があった。「炭切りは手の真黒になる、いやな仕事である。いやな事であるから、きたなくならないように、早く片付けてしまいたい。これが純な心である。この心から出発する時に、初めて色々の工夫が生れる。そこに進歩がある。「日に新に又日々に新なり」で、日々にする度毎に改良が出来るようになる。これに反してこの場合、自分は修養のため、治療のためだから、少々いやでも我慢しなければならないと思うのは悪賢い小理屈であって、これが所謂悪智である。炭切りの目的は、炭が最も有効に焚けるようにするのにあって、修養のために稽古材料にするのではない。修養のためならば工夫はいらない。だから仕事が単に時間つぶし、遊び事になってしまい、何時までも進歩はないのである」……
第6日、……今日初めてお座敷の掃除をした。全身の注意を傾注してやらずにはいられなくなる。心配な仕事が却って愉快な仕事である。井上さんは私に教えて下さった。「掃除するにも、器物や置物やを必ず元の所に置かなければならぬ。これは他人の思わくを尊重する事である。もし単に自分の好きなように、色々に物を置きかえるならば、それはただ自分の几帳面感の満足のみで、自己中心的の行動である。物を大事にし、人を尊敬するという事がなくなるのであると、先生は説明されたとの事である……。「先生に近寄る事の必要を考えて、2階へ障子拭きに行く。近寄るのは苦しいが、近寄らざるは猶更に心細い。先生は絹地に書を書かれていて、その手伝いを頼まれた。非常に緊張して、文字通り戦々兢々たらざるを得なかった。先生からは一言もお話を承らなかったけれども、お話以上のあるものを得たようである。先生の書かれたものは、「事実唯真」「斯くあるべしといふ猶ほ虚偽たり、有るがままにある即ち真実なり」「自然に服従し、境遇に柔順なれ」等である。……日記を見る、先生から赤字で「よく解る感心……」何と嬉しい言葉だろう……
第7日、この頃は頭痛がしなくなった。また頭痛が起りはしまいかという心配があるだけである。……
第8日、……赤面恐怖患者の診察があった。縁側で仕事しながら先生のお話を聴く。一言一言胸にピタリと感じて非常に面白い。思い出すままに、お話を書いてみよう。「人前に出て恥かしいのは冬が寒いと同じであって、感じない訳にはいかない。狂人や白痴でない限り、人は皆恥かしがるものである。だから恥かしいというだけならば赤面恐怖ではない。恥かしがるまいとするのが赤面恐怖である。冬を寒く感じなくする事の出来ないように、恥かしがらないようにする事も出来ぬ。故に赤面恐怖を治すにはまず人前に出たら恥かしいと思え、冬は寒いと思え、腹がへったら食いたいと思え、これが治療の出発点である。発病以前には、今の様に気が付かなかったというが。今ここの卓上の時計のチクタクが今まで少しも聴こえなかったのに、一度気がついた以上、聴かないようにする事は出来ぬ。聴こえるままに聴いていれば、直ちに忘れて聴こえなくなる。この時、それでは時計は聴いていれば聴こえなくなるかと問うのは、誤った質問である。聴こえるものを聴こうとするのは、二重だから益々よく聴こえる。更にこれを聴かないようにとすれば、反抗心のために三重になって聴こえるようになるのである。恥かしがりやでも全くこれと同様である。今恐怖を治そうとするならば、まず第一に西か東か、その向って進むべき目的地を定めなければならぬ。恥かしさの苦しみがいやならば、学校を止めて、山の中に引籠ればよい。成功、出世したいならば学校に行くときめる。学校に行ってみたり、止めてみたり、東へ行ったり、西へ行ったりしていては何時までも到着する所がない。東と定めたら、足踏みでもよいから、その方へ向いていさえすれば、終には行きつく時節が来る。人に会うのが嫌で、引籠るときめたら、決して家の外へ出ないようにする。そうすれば遂には人が恋しくてたまらなくなる。次に外に出るときめたら、決して逃げ込むような事をしてはならない。「町を歩く時、顔を挙げて行くがよいか。それともうつむいて歩いていても差つかえないか」と、そんな質問は誤っている。泥棒の所はうつむいて歩き、自動車が来れば、顔を挙げなければならぬ。人に呼びかけられたら、チラリとその人の顔を見定めなければ、誰とも分らぬ人と応接は出来ない。その人の顔を見つめるとかいう事は、甚だ不謹慎で不敬の事である。時と場合とに応じて変化するもので、上向くか下向くか、予め定めて歩く事の出来るものではない。
また例えば自分の寒がりを治そうとするにも、まずその目的の方向を定めなければならぬ。炬燵にもぐり込めば寒い事は知らない。皆が外で遊んでいるのが羨ましければ、外へ出るときめる。外で寒いのを我慢して強いて薄着でいる必要はない。沢山に着て、何かをしている間に、暖かくて上着をぬぐ、スキーなどやれば、シャツ一つになる事もある。この時には最早寒がりなどは少しもないのである。赤面恐怖の治療も皆これと同様である。生の欲望なり死の恐怖なり、どちらでも一定の目的に向って進み、あっちこっちと迷いさえしなければ必ず治るのである。
なお吾々は自分を成るたけ気持よくしようとすれば、益々良くならないが、気持の悪い時でもこれをがまんし忍受していれば、間もなく楽になるものである。例えば君が今夜、寝る時に、最も気持よく眠られる身体の位置はどうか、頭と枕との関係は、どうすればよいかと工夫すれば、決してシックリと工合のよい姿勢は無い。気持が悪くて眠られぬものである。次の晩には、自分で殊更に、どんな位置でも、そのままに我慢して、気持の悪いままに寝ていれば、間もなく楽に眠られるようになる事を、実地に経験して、これを知る事が出来るのである。
第9日、……今日は植木屋が来たので、その手伝いに、お昼まで、眼の回るほど忙しかった。……故郷の事も心配になる。……何だか心細い。けれども心細いのが私の平常心である。日記を見る。「文章が中々うまい云々」のお言葉は意外である。尋常1年生が石盤にお丸を貰った時のように嬉しい。夕飯を炊く。……
第14日、……足袋や便所の手拭やの選択をし、粉炭の埃ひろいをやる。午後初診患者あり、縁側で紐つなぎをしながら、先生のお話を聴く。「働いていればこの病気が治る。ただそれだけ心得ていて実行すればよい。何故に治るかという理論は解らなくともよい。薬理を知らなければ、医者のくれた薬も飲まないというのでは、病は中々治る事が出来ない。薬理を知るに越した事はないけれども、医者の説明の煩累を無視するような不敬意ではいけない。医者に診察を受ける時に、まず必要な事は、その病が重いか軽いか、この後どうなるかの性質と、どうすれば良いかの処置とでなければならない。もし患者が、熱があるから熱さましを下さい、都合があるから分量を多くして早く治して下さいというならば、それは無教育の田舎者のいう事である。自分の強迫観念の不安を去るにはどうすればよいかという事は、熱をさますには、どうすればよいかと問うと同様である。」……またこんなお話もあった。「神経質は、よく自分が意志薄弱者でないかと取越苦労をする。意志薄弱者とは、人生の欲望乏しく向上心のないものをいう。自分で意志薄弱者でないかと心配するものは、偉くなりたいという向上心のあるものであって、意志薄弱者ではない。」
診察後に、入院患者に対してのお話もあった。森さんの日記に、「先生や奥さんに注意される度に、自分の気のきかない事に気がつく」とあるのについて、先生のお話が中々難しい。「先生は森さんの脳力を測量するメートルではない。毎日、自分の頭のよしあしを試験していては、頭の進歩する時節はない。毎日、自分の財布の計算ばかりをしていては、貯蓄の増しようはない。それよりはまず自分は貧乏だときめてしまって、少しでも余分のものを貯金して行く気になれば、何時の間にか金持ちになってしまう。自分は頭が悪いと思えば、悪いと決めてしまって、注意された事があれば、その度毎に、少しずつでも知識を増加して行く工夫をすればよい。測量をやめて収穫に努めればよい。そこに進歩がある。気がきかないのは、自分のあるがままの持ち前である。その上に自分は気がきかないと思うのは二重である。気がきかないと思うのは残念であると思えば三重である。この三重のこんがらかった思想の葛藤が強迫観念の出発点である。ただ自分は気のきかないものときめてしまって、少心翼々としてやっていれば、間もなく自分の気のきかない事が気にならなくなり、周囲の事に自然に気がきくようになるのである。先生に何か注意された時は、懼れてまごついても少しも差閊はない。それが人情のあるがままである。まごついてはいけないと思うから、心はその方の努力に奪われて、先生のいった事は、何の事か聴き脱してしまう。注意されて気のきかないことばかりを悲観しているから、何と注意されたか分らない。……」
等のお話であった。私は毎日自分の気分の測量をやって来たようである。これから、もう止そう。
2017年10月9日月曜日
生活は調和である2
刺激の変化の工夫が芸術である
吾人の心身の機能は、変化がなく無刺激である時には、何時とはなく弛緩し倦怠を生ずる。またたとえ刺激は相当に強くとも、同様の事が長くつづく時は、何時しかこれに慣れて変化を感じないようになる。即ち吾人は適度の刺激によりて、その心身の機能が弛んでいる時には、これを鼓舞し、余り過敏である時には、これを緩和して、その生活機能を調節して行く時に、吾人はこれをリズムとして感ずるようになる。即ち芸術と称するものは、この関係から発生するのである、といってもよい。
音楽、舞踏等は、この種々の刺激の変化を工夫したものである。音階が次第々々に高くなるとか、身体の運動が次第に早さを増すとかいう場合は、自ら心を緊張させ、これと反対に、音が次第に低くなり、運動が次第に遅くなる時には心を弛緩させ、落付かせる。また変化が突如として急激に起る時には、心が急に目醒め、引立つようになる。これ等の関係を、緩急節序に組立てたものが、芸術となって来るのである。
吾人は初めは、まずリズムの単調なるものを聴き分け、視分ける事が出来て、これを好み、後にはこれに飽いて、次第に強烈、複雑なるものを悦ぶようになる。而して後にはまたこれにも飽いて、却って単調、純朴なるものを好むようになる。近頃、流行するジャズとかいうものは、恐らくは年少気鋭、もしくは粗野の人の愛好するものであって、老練となれば、却って能楽とか神代楽を好むようになるかもしれない。建築についても、日光の東照宮は、華美壮麗ではあるが、伊勢大廟の荘厳雄大なるには及ばないように思われる。眼に視る曲線の変化は、もとよりリズムの感である。これ等のものの好愛の相違は、各々その人の精神内容とこれとの調和の如何によって定まるものである。
事物の内容と自分との調和
かの乳児の泣く声は、少青年者には随分うるさい、いやなものである。けれどもこれが子を養うた親、さては、それが我子であるならば、さほどうるさくもなく、あるいはリズミカルにさえ聴きなさるるものである。即ちこれは乳児と親の心の内容とが調和する事であって、初め無感興の事でも、その内容を知る事によりて、次第にリズミカルに感ずる事が出来るようになる。音楽でも舞踏でも、単に初めてこれを聴きまたは視るのと、自らこれをやった事のある人とは、その感興に非常の相違のあるものである。
人が自分の国の音楽や風俗習慣やに親しみを感ずるのは、これに同化したがためであって、啄木の歌に、「かにかくに渋谷村は恋しかり、思出の山、思出の川」というのは、即ちこの親しみの感じである。多くの若い人が、あるいは土人の音楽や舞踊等に面白がるのは、単に目先の急変した好奇心というに止まって、その感興とは趣を異にする所があるのである。
心を引き立たせるのはリズムによる
おおよそ物事をリズミカルにする時には、これがためにその生活機能を引き立たせるようになるものである。貧乏ゆるぎは怠屈をまぎらせ、手拍子、足拍子では活気をつけ、巾跳びの時、小走りに走り、物を投げる時、振子運動の惰性をつけるとか、また煉瓦積み職工や、鉋けづりにも、各それ相当の一定の調子が出来、煎餅焼が身体を揺り動かし、鰻の蒲焼が団扇をバタバタと音させる等、皆リズミカルに調子と拍子とをつけるものである。
このリズムは初め単調のものから、次第に複雑なるものとなり、音楽でも発達するに従い、非常に複雑なる音の組合せをまとめて、これを大きなリズムに統一する。これは例えば海面の大波の揺れは、その一つ一つが更に小さな種々の波から成立っているようなものであり、また者の分類に、種から類、目から綱と分けるようなもので、種が重なり、類が重なって、各リズミカルになるようなものである。
これと同じく吾人が仕事の能率を挙げるに、複雑なる変化を分類、整理、統一して、これを経済的にし、リズミカルにする傾向がある。図書、台所道具等の整理や、日常生活のやり繰りやも皆同様である。
リズムは記憶や仕事の能率をあげる
吾人の記憶法も、不規則なる変化を調子よく、リズミカルなものになおして利用する事がある。電話番号や歴史の年号などを、意味のある文句に組み直すとか、薬の分量を記憶するに、「モルヒネの皮下注射、ささせよ(3、センチグラム)1度(1デシグラム)で治る」とか、また歌の口調にすることは、昔からその例が幾らもある。『にくしとも、つれてごんせや七吾さん、六一八は下の座に居る』といって、296 753 618 どちらから数えても、同じく15の数になる。また『嗅いで視る、動く車の三の外、顔聴く舌に迷ふ副舌』といって、脳神経の12対を記憶するとかいうようなものである。
また仕事には、他の刺激や活動やのリズムを補助として、その能率を増そうとすることもある。地つき固めの人数が、エンヤラヤーの調子を取るとか、歩行に手を振るとか、字を書くに口を曲げるとか、製図に飽いた時に鼻唄でやるとかいうようなもので、芝居、舞踏の伴奏はそれであり、余はラジオのベートーベンの曲を伴奏と見立てて原稿を書いた事もある。
以上は吾人の感興とか仕事の能率とかとリズムとの関係を述べたが、この記述の目的は、実はリズムが吾人の精神修養と大なる関係があるという事を説明したいがための誘導であるのである。
リズムと精神修養
吾人は外界の種々複雑なる不快なる刺激でも、自分の精神的態度によりて、これをリズミカルに受け入れ、これに自己を調和同化させて、これに対して無関心となり、更に進んではこれを感興とさえする事もできるのである。
少しく言を誇張していうならば、もし芸術が、単に吾人の快感もしくは精神の鼓舞をのみ目的とするならば、それは単に芸術のための芸術であって、人生のための芸術ではない。もし芸術の訓練、修養により、人生の不快をも感謝となし、醜をも美化し、悪をも善化するとすれば、それこそ理想的の人生の芸術である。もし人生を離れた単なる快感のための芸術であるならば、それは恰も菓子屋が、人生は菓子である、と主張するようなものである。
船に暈わぬ法
今例えば船の暈という事がある。これは船の動揺、臭気、エンジンの響等が、人の感覚の調和をかき乱して、不快を増悪させるがためである。船に暈わない方法は、これ等をリズミカルにし、自分をこれに調和、共鳴させるようにしさえすればよい。即ち船の動揺については、船が浮き上る時は、自分はむしろ一歩進んで、これを引き上げるように、自分の身体を持ち挙げる心持になり、次に船の沈む時には、身体をおしつけるようにし、これに調子を合せて行けば、初は故意に意識的で、不愉快であるけれども、間もなく無意識となり、自然に船と調和し、リズミカルになるのである。自ら船をこいで、船に暈わないのは、船と自分との運動が一致するためである。医学者が船暈に関して、内耳、三半規管の障害であるとか、種々の説を立てるのは、単に人間の解剖生理のみに拘泥して、吾人心理の相対的関係という事に気付かない為である。もしこれを三半規管で説明するならば、船をこぐ時に暈いて、静かにして居る時には暈わない筈でなければならない。
船のエンジンの音でも、最も簡単にいえば、単位静かに、耳を立てて、これに聴き入っていれば、間もなく自然に調和され、例えば日蓮宗ならば、トコトントコトン、下駄屋ならばポックリポックリと、これがある一定のリズミカルの調子に聴きなされるようになり、不快はなくなり、船暈は起らないのである。
音が邪魔になるのは、これに反抗するため
電車通りに住まう人の電車の響でも、屋外のブリキ屋の音でも、初め少しく我慢して、これに聴き入っていれば、これが少しも不快でなくなり、これを聴きながらに、読書でも思索でも出来るようになるのである。
もし音が邪魔になるといって、これに反抗し、これを聴かないように、気を紛らせるようにしようとすれば、遠くかすかに響く日蓮宗の扇団太鼓の音でも、読書の邪魔になり、枕元の懐中時計の響きでも、睡眠が出来ないようになるのである。 小児の立ち騒ぐうるささでも、それが自分の子ならば、その子の心持となり、同情となりて調和するために、少しも邪魔にはならないのである。
船の臭気でも、成るべくその香いに早く慣れるようにつとめ、これに反抗し、これを拒逃しないようにすれば、早く暈わないようになるのである。
自然に服従し、境遇に柔順なれ
急流の橋の上から見下す時や、汽車の走る所を見て、その内に吸い込まれるように感じ、眩暈のような感を起すのは、皆これを恐れて、その感覚に反抗するがためであって、流水または汽車と同じ速度に目を動かせば、全く何の触りもなく、無碍自由であるのである。
勉強の苦痛や、家庭の仕事や、社交の煩累や、皆これを自分の心の境遇によりて、これをリズミカルに調整する時には、吾人の生活は、常に無碍自由であるべきである。それにはまず自分がその内に没入同化して、その境涯になり、徒にこれに反抗せず、拒逃しないようにする事によるのである。余はこれを『自然に服従し、境遇に柔順なれ』というのである。
2017年10月4日水曜日
生活は調和である(第1巻 第3号)
生活は調和である(第1巻 第3号)
調和はリズムよりなる リズムとは律動で、規律的、周期的、反復性の運動もしくは感覚に名付けたものである。
宇宙の現象はリズムであって、リズムがなければ現象はない。時間、空間の認識はないのである。大は天体より、小は電子の微粒まで、必ず一定の運動があって、初めてそこに宇宙の万象が成立している。
波動はリズムであって、光線は、電子のような微粒子の波動であるといわれ、音響は空気の波動である。五官器は各特殊の波動を神経に伝えて、それぞれの感覚を起すものである。しかるにこれは、光とか味とか温とかとして感ずるのであって、これを波動として感ずるのではない。
以上は理学的のもので、直接に吾人の感じの上に関係はないが、心理的のリズムは、一定の形に反復さるる感覚をいうのである。
これにも単復種々の相違があって、音または運動の単一なる反復から、節、句、拍子等の複雑なるものの反復もあるのである。音楽、舞踏はそれである。
五官器についていえば、単調のリズムは、時計の振子、定斎屋のカンの音、日蓮宗の太鼓等は、耳のリズミカル感覚。波、風車、軍隊の進行等は視覚。マッサージは触覚。煙草を吹かし、飯と副食物と交互に食う等は味覚。貧乏ゆるぎ、歩行等は運動感覚。呼吸、活動と休息、睡眠と醒覚等は一般感覚である。舞踏の如きは、自ら運動することと、他からこれを視る事とは、運動感覚と視覚との相違であって、その興味が全く異なるものである。
注意作用もリズムから成る
吾人の生活機能は、心臓の拍動、呼吸、消化器の活動、筋肉の運動等、皆リスム運動であるように、吾人の精神機能も、リズムであり、注意の機能にも、不知不識の間に、緊張と弛緩とが交代して、リズム運動になっている。例えば吾人がある一点を注視するときには、初めこれが明瞭に視え、次に次第に暗く不明瞭となり、一定の時間において交代して変化する。また時計の振子の音は、初めに聴く音が高く、次の音が低く、高低交互に聴える。実は振子の音に高低があるのでなく、これを聴く耳の注意に、緊張と弛緩との交互の変化があって起るのである。即ち振子は、初めに右から聴けば、その方が高く、また左から聴き始めれば、左が高く聴こゆる事によって分る。これは丁度、ハッと驚きて、手を握りしめ、次に安心してこれを弛める。という事に相当し、即ち筋肉の緊張と弛緩とに相当しているのである。これが吾人の注意のリズムである。
この自己内界の変化でも、外界の刺激でも、これが日常の慣れたる事であって、自己の身心に調和している時は、そのリズムの変化を自覚しない。例えば呼吸や歩行等も、平常はこれを自覚しないけれども、呼吸困難とか坂を上るとかいう時には、これを強く自覚するようになる。
急いで落付く事(第1巻 第3号)
急いで落付く事(第1巻 第3号)
達人の能は、静かに速く、和かに強し。未練の能は、静かにといえば遅く、動けといえば躁がしく、和かにといえば弱く、強くといえばかたくななり。(古人)
急ぐとは、我心の自然発動にして、忙しき時、気のもめる事なり。
落付くとは、周囲の境遇に服従する事にして、仕損じの無きよう静かにすることなり。この心そのままの時、容易に進歩熟練して達人の能となる。
未練の能は、思想の矛盾によりて、徒に我と我心を静かにせんとし、もしくは自己を仕事の型にはめんとするがために起ることなり。(形外)
2017年8月13日日曜日
心は萬境に従て轉ず
(第1巻 第2号) 心は萬境に従て轉ず、轉ずる處實に能く幽なり、流れに随つて性を認得すれば無喜亦無憂なり。訳、心は周囲の事情の変化につれて常に絶えず移り変るものである。強く打てば大きく鳴り、軽くたたけば微かに響く、その変化の滑脱自在なること誠に幽玄である。この心の流れのままにあれば、そこに自己本来の性情が解る。その時は喜びはそのまま喜びであり、憂はそのまま憂であって、苦楽を超越し気分本位でなくなるのである。(形外) 事に執するは元と是れ迷ひ、理に契ふも亦悟りに非ず。(参同契) 訳、藍は味の元だといってこれを食えばからし(迷)、これが身体の必要な成分だからとて常にこれを飲むにも及ばぬ(非悟)、ヴィタミンや生水療法や思いちがえればなおこの藍のようなものである。
眠らんとあせれば益々眠られず(迷)、周囲の刺激を全くなくしたりとて、我心内の刺激は無くする事が出来ぬ(非悟)、腹式呼吸や凝念法やこの藍と眠りとの如きものが多い。(形外)
読書は如何に選ぶべきか
読書は如何に選ぶべきか(1)
(第1巻 第1号)
知識欲にかられて
昔は木が少しく売れると、「洛陽の紙価をして高からしむ」という事があった。今は紙の生産が過剰になって宣伝ビラなど、徒に風に吹き飛ばさせるような時代になった。
それよりも更にうるさい事は、印刷出版が益々盛んとなって、用にも立たぬ事を読まされ、時間を空費する事を余儀なくさるるようになった事である。
それは誰しも知識欲に駆らるるものは、大河の砂の中から砂金を採取するように、止むなく種々の著作をあさり読むがためである。大部を読み尽くして後に、何の得る所もなかった時は、誠に悲哀の感に打たれるのである。
学術は探検
まず学術的論文について、これは結局は人生のある目的に対して、あるものを発見せんとするがためである。決して物好きや遊び事ではない。
例えば今吾人が黄金を得んがために、山に堀り、河に探すと仮定する。この時に学術的研索の結果が、この山にも、彼の河にも、黄金なしと確定すれば、一般の人は、この一行の結果のみを読みさえすれば事が足る。
然るに黄金探検専門家となれば、その論文によりて、何処を探り、如何に掘ったか、という手段と経過とを読む事の必要がある。何となればその研究の方法が不完全であって、未だ気付かざる所に宝が隠されているかもしれないからである。
学者になる為の論文
これ故に学術的論文は、同じ研究に携わる後輩のために、その委しき記録を残して置く必要がある。されどこれはその研究に着手しない人の為には、平常委しくこれを読む必要はない。ただその項目のみを見れば、事が足るのである。これが学術的論文の一般人に興味のない所以である。
なお「この山に黄金なし」という確実なる研究の結果による否定は、往々にして「黄金を発見せり」という肯定的結論と同様の価値のある事さえもあるのである。何となれば、あるいはこれによって、その一方の場所、もしくはこれと反対の方法によって、その目的を達するの契機となる事のあるがためである。
さりながらもし多くの学者が、人生の目的に対する抱負を忘れ、黄金を発見せんとする欲望の気合いを失い、「自分は学者になりたいから研究する」、「学者らしくしなければならぬ」、「学位論文のために、指導教授から研究題目をもらう」とか、いう風になったとしたら、これを読まされる人の身になったら、その迷惑は果たしてどうであろうか。
宝探しの業績
例えば学者が「黄金を得ざれば止まぬ」という意気がなく、徒に「研究のための研究」となり、「まだ人がここへは手を付けていないから」と称して、化物屋敷の縁の下を掘り返したり、あるいは飛行機に乗って、海の果ての狐島を探し回ったとしたら、果たしてどうであろうか。お伽噺の宝探しのようなものである。今日大量生産の学位論文を通読して果たしてこの様な種類のものが、多からず、と断言する事が出来るであろうか。
今医道についていえば、「縁の下堀り」は研究室内に立てこもりて、人間を忘れたる動物実験者に相当し、「孤島探検」は医者の注射療法やさては通俗療法家が清水の底の硅石の白砂を見てこれを金剛石と宣伝するようなものである。
止むにやまれぬ研究
同じ歌にも題詠で、文句をつなぎ合せるものもあれば、止みがたき感情の発露よりなるものもある。
今吾人の頭髪の数は、約8,9万ありという。もしこれが「まだ誰も髪の毛を数えた人は無いであろう」というような野心から出たとしたら、甚だ卑しむべき心情である。また次の学者が、更にこれに倣いて、「サルは人間よりも毛が3本足らぬというから」との好奇心から、猿の毛を数えたとすれば、それは極めて馬鹿げた事である。
されどこれに反して、毎日頭髪が脱落して、次第に前頭部が光輝を放つようになるという事の悲哀の情に催されて、頭髪を計算し、常人は毎日3,40本の頭髪脱落を見、8,9,10本以下は憂うるに足らざるも、それ以上となる時は、注意警戒すべし、との研究結果を得たりとすれば、それは誠にやさしくも真摯なる学者的態度である、といわなければならぬ。これ故に吾人は学者の同じ研究論文に対しても、徒に学者ぶりたる衒学的のものでないか、どうかという事を選別する事は中々困難な事である。
真理の秘鍵
ある学者は睾丸が腹内に保護されないで、何故に殊更に外傷の危険に曝されてあるか。ということに疑問を起してこれを研究した結果、精蟲は腹内では、高温のために発育する事が出来ないから、外部で冷却されている必要がある、という結論に達したとの事である。
斯くの如きは誠に生物界における自然の秘鍵に触れたものである。学究的興味の尽きざる所も、実に斯様な所にあるのである。
以上挙げたような例は、純学術的の論文であって、一歩誤れば、実際の医道からは、次第に遠ざかり行きて、斯様な博士たちが病人を取扱う時は縷々その病人の人生という事を度外視し、単にその疾病そのものを研究興味の対象とするに止まるような事があるのである。
ブック、メーカー
次に教科書もしくは参考書としては、ある科目が種々の階級と程度とにおける従来の研究結果を総説、網羅されたものであって、吾人はこれを書棚に備えて、必要に応じ、一定の事項を調べる事の出来るものである。
また単行本というものがある。ある一定の事項に対し、特殊の研究成績を発表し、あるいは一定の目的に向って人を啓発せんとする一貫せる目的を以てするものである。
例えば「学問と人生」とか、あるいは近頃盛んに流行する「神経衰弱の療法」とかいうようなものである。然るにその内容を見るに、その当の題目に関係した種々の事項を、殆ど直接に関係のない事までも、恰も参考書を抜き書きにし、もしくはこれを換骨奪胎したような書きぶりを以て記述してあるような事が多い。何の目的で描かれたかという事を認むる事の出来ないのが決して少なくない。
あるものを期待して、これを読了した人は、徒に用にも立たぬ机上の半物知りになるのみで、実際の事に対して、何のヒントをも得られぬ事が多い。即ち参考書とも付かず、単行本の意味をもなさぬものである。
ブック、メーカーと称するものがある。例えば通俗医書に「不眠の療法」を書いたとすれば、固より医者に対して不眠に対する知識を授ける目的にも足りなければ、不眠に悩む患者を救わんとする力も及ばないようなものである。その内容目次を見れば、秩序整然として、医学書にもまがうようなものであって、患者は却ってこれがために、半物知りになって、徒に去就に迷うようになるものである。
これは売らんがために、本を制作するものである。民衆は広告の甘言に誘惑されてこれを買わされる。売る人は金のためにその目的を達するけれども、そこには犠牲者がなければならないのである。
衒学阿世
また衒学という事がある。学者ぶる事であって、徒に学者らしく見せかけ、日常の実際事をも殊更に術語を多く用いて説明を難解にせんとするものであって、例えば、「腹を抱えて笑った」といっても差支えのない所を、「不意の変化による滑稽の刺激に対して、笑いの衝動を抑制する事が不可能であった」とか、「笑いによって精神的エネルギーを放散した」とか、いって見なければ、気がすまないのである。恰も日常の生活にも、いかめしき礼装をしていなければ自分の自負心が満足されないような虚栄心からである。
学者の単なるこの虚栄心よりも、更に有害なるは、学者がある偏見から、実際の事実を離れ、しかも見かけは学問らしく精密な研究のようなものに対して、自分がその欠点と誤謬とを見付けるだけの素養がなくて、しかも一般の風潮に従い、付和雷同して、これを学問らしく持てはやす事である。これを学者の阿世といって、つまり自分が学者ぶるために、世論におもねり追従するものである。
通俗療法と幽玄の学理
また曲学ということがある。同じく自分が学者ぶるために、ある常識的もしくは学問的の一定の原理から、やたらに衍繹論法を逞しくして、実際に応用せんとするが如きである。
例えばある患者が、手を病人の患部に当てて、手の振動を与える事によって、病気が良くなったとか、あるいは一種の暗示作用によって、患者の身体に、種々の不随意的運動を起こさせることにより、ある病気が治癒した、とかいうことがあるとする。この一見不可思議なる事実に対して、術者は何か適切な原理を発見しようとする。無学のものはこれを心霊的、神秘的に片付けてしまい、少し教育のあるものは、あるいは医学的に説明しようとする。
これに対して、例えば人間の生活現象は、その身体を構成する個々の細胞の機能から起こる、という原理と、この病の治癒機転とを結び付けて、身体に振動が起これば、これが全身の細胞に微妙幽玄なる興奮を伝えて、神秘なる自然良能を鼓舞して、病の治癒を起こすものであると説明する。これは恰も火の燃ゆるは、炭素と酸素との化合によるものであるから、火災の原因は、必ずこれに由るものである。と説明するようなものである。論理学書を読まないからとて、この論法の誤謬の分からぬというはずはない。
しかもその療法の発見者は、益々深くその原理を説明せんとして、細胞機能学に関する参考書を渉猟して、今日進歩せる学術による生命の神秘にまでも及び、読む人をして、アッといわざされば、止まざらんとしているのである。これは恰も燃焼の科学を幾ら研究し書き列ねても、失火の原因の分るはずがないのと同様である。
読書は如何に選ぶべきか(2)(第1巻 第2号)
木に竹をついだような医学的説明
またある術者は何かの機会に、例えば腹を按摩して胃癌が治った事があるとする。これに対して、苦心惨憺たる思索研鑽の結果、吾人の生命は活動である。随意筋はもとより、心臓でも胃腸でも、活動でないものはない。活動なくして生命はない。活動は即ち筋肉である。医学では、神経系統があって生命があるというけれども、そは一を知って二を知らぬものである。筋肉がなければ、神経も何の用をもなさない、というような論法から出発して、万病は、筋肉の変化を見てこれを診断し、この筋肉を揉みくずし、圧しくだき、撫でととのえてこれを治す事が出来る、と主張する。
馬鹿げたようであるけれども、これ等の議論を様々にいい回す事によって、立派な医者さえも、これを信ずるようになり、これに対して木に竹をついだように、種々の医学的理論を付加するような事さえもあるのである。
胃癌には30%の誤診
以上挙げた例は、非医者で、通俗療法家の腫脹する所である。昨年ある時、通俗医学社で、日本全国にわたりて調べた所によると、これ等通俗療法家の種類が、300幾種に達したとの事である。それは同じ暗示療法もしくはその他の同一手段によるものであって、ただ徒に各々一人天狗になって、奇抜なる看板を掲げるがためである。
これ等多くの通俗療法の内には、医学で当然不知である所の胃癌のようなものが全治したとかいって、医学の上に超然として宣伝しているものが多い。「盲目蛇に恐れず」といえば、それまでの事であるけれども、患者の身になりては危険千万の事である。
そもそも胃癌というものは、甚だ診断の困難なものであって、西洋でも日本でも、その専門家の誤謬が、統計上、おおよそ30%あるとの事である。その内から不治の病に対する誤診を差引いて、当然治癒するものが、仮に20%とすれば、どんな治療法によっても、胃癌は必ず5人に1人は治るという事になる。随分大きな治癒率ではないか。
医学の謬論
以上は医学の知識のないものであるから、仕方がないとしても、立派な医学者であって、これと五十歩百歩の説を立てて、自らその理論の誤謬に気の付かぬものが決して少なくはないのである。
この論理の誤謬の最も多いのは、特殊の事実から一般に推論する事と、逆説即ちコンバースを不注意に使用すること等である。
例えば船暈症について、ある学者は、これを三半規管の障害から起こるという。それは(1)去庵半規管の平衡障害は眩暈を起こす、(2)船の動揺は眩暈を起こす。(3)それ故に船暈は三半規管から起こる。という三段論法である。これは例えば、(1)鋸は切れる。(2)大根が切れる。(3)それ故に大根は鋸で切るものである。という論法と同様である。
この推論はメニエル氏病は、内耳を侵す病である。その時には一定の眩暈症が起こる、という事実とは違うのである。もしこれを以てすべて眩暈は内耳の障害から起こる、という逆説を用ゆるときは、大なる謬論でなければならない。
眩暈については、従来種々の学説がある。例えばトルソーは、眩暈は胃部神経の刺激によりて、内耳迷路の血管神経の興奮を来たし、迷路の内リンパの圧力関係に影響を及ぼす事から起こる、といっている。これはおそらくは、船暈の時に嘔吐を催す事から思い付いたものであろう。然るにこれは却って逆の説明のように思われる。この様な説明の仕方は、例えば鋸で切るときには、歯の方をあてて前後に引き、歯が切るもの内に食い込む事によって切れる。それ故に大根も鋸で切るものである。余計の説明という事以上に何の用にも立たない。
またビンツは、船の動揺によりて、脳動脈の収縮を来たし、脳の貧血を起して、悪心、嘔吐を起すこと、恰も脳震盪の如きものであるという。即ち大根を切るには、刃物を前後に引き動かして実質的に食い入る事、恰も鋸で切るが如きである。というと同様である。
かくの如きは、徒に学問らしく、難解の推論を逞しくするのみで、現象を如実に記述せず、実際に当らないものが多い。その論理の誤に陥る事は、前に挙げた非医者の理論と相隔たること五十歩百歩であるのである。
吾人はかくの如き実用に立たぬものを読む事によりて、却って半物知りになり、空論家になるばかりでなく、更に多くの迷妄に陥るようになる事が多い。吾人が読んで有効なる書物を選ぶ事は、中々一通りの困難ではない。
曲学とは事実を曲げる事である
なお曲学という事について、学者は不注意のため、不知不識の間に、この弊に陥る事が多い。それは学者が自分で、実地の経験が乏しいにも拘らず、自分の学者的立場から、医学的常識を以て、推論を逞しくする事から起るものである。つまり理論を以て事実を曲げるという事になる。その論理の方法と経路とは前に挙げた骨相学等と大なる相違はないのである。
例えば神経衰弱症について、衰弱は疲労から怒る。疲労は過労から起る。過労は刺激の多い事から起る。文化生活には刺激が多い。それ故に文化によって神経衰弱が多くなる、という風に結論する。これは常識論理であって、いうまでもなくその論法経路、の内には、多くの誤謬が含まれている。これは例えば建具屋の繁昌は、建具の注文の多い事からである。建具が鼠に齧らるれば、注文がおおくなる。鼠は猫が少なくなれば多くなる。猫は三味線の皮の需要で少なくなる。三味線の需要は盲人が多くなる事から、盲人は眼に塵埃の入る事から多くなり、塵埃は春風で多くなる。これ故に春風が吹けば、建具屋が喜ぶ、という論理と同様である。こんな事でも、哲学者からいわるれば、成程そうかな、と思われるように、神経衰弱でも学者から論理的に説明されると、成程と迷信するようになるのである。
神経衰弱の誤説
次には更に上の神経衰弱症の理論から、神経衰弱の症状と療法とを割り出して来る。例えば疲労の結果として、身体はだるく、頭は重く、刺激性となり、不能となる等々、種々の症状が組立てられるようなものである。
その療法も従ってこれから割り出されて、疲労は安静によりて恢復され、疲労による刺激性は、鎮静薬によって安静にされる、という風に考えられるのである。
その理論的に割り出された症状は、実は実際の症状とは違うのである。ベアードが神経衰弱は、刺激性衰弱であるといったが、余から見れば、それは実際のものではなくて、見かけの仮性刺激性衰弱であって、真の衰弱ではないのである。
今、長い間の不能を訴えている患者があるとする。多くの医者は、これを聴いて、直ちに神経衰弱と診断し、催眠剤を与える。これは実は理論的の処置であって、実際には不合理である。医者はこれに対して、患者の実際を調べようとはしないのである。この様な時に、よく患者に聞きただせば、患者は実は夜は8,9自頃に就床し、朝は9時10自頃に出づるという風で、その間総計6,7時間は眠っているとかいう事が、決して少なくないのである。これに対して催眠剤を与えれば、患者が益々不快の症状に悩まされるようになる事は当然である。
事実唯真
ある中学卒業生は、5年来、耳鳴り症に悩み、多くの耳鼻科の医者にかかり、鼻中隔湾曲の手術まで受けた事がある。患者はこのため、縷々不安にかられては、自殺の事まで考えたとの事である。
余がこれを診察すれば、患者は唾液を嚥下する時に、鼓膜がプクンと外に腫れ出すような気がして、障子の破れに風が当るように、ブルブルと響くとの事である。余も試みに患者と同じ様に、唾液を飲み込んで見ると、同様にその様に感じ得るのである。即ちこの患者は、神経衰弱ならで、普通にあり得べき感覚を病的の事と恐れ心配して、5年来苦しみ悩んだものである。
然るに従来、耳鼻科の医者は、この患者の耳鳴りの事実を追究せずに、耳鳴りがあれば神経衰弱たらんと考え、その原因を探らんがために、耳を検査し、鼻の手術を試み、さては鎮静薬を与え、静養を勧めたのである。かくの如きは、誠に医者の常識であって、医学に対して、極めて忠実であったがために、これに反比例して、患者に対しては、実にその人生を無視し、その苦悩に対しては、全く同情を失っていたものである。
神経衰弱の治療に対しても、多くの医者は、単なる安静や暗示療法の理論を以て、何処までも押し通し、実際に患者が、これによって、却って有害無益の結果を来すという事の事実を少しもつきとめて考えようとはしないのである。
余は常に「事実唯真」「事実に非ざれば真に非ざるなり」、「事実に契わざる哲学もしくは学問は、論理や思想の遊戯である」といっているのである。
2017年8月8日火曜日
神経質発刊の主旨
神経質 発刊の主旨 森田正馬 昭和5年(1930年) 今度我等同人が申合せて、雑誌を発刊する事になった。 我等は、今や神経質というものを研究して、その本態を明らかにし、その治療法に成功したつもりである。 ここから出発して、医学的には、その本態とに関する細部の研究題目が沢山あって、真面目なる研究家の努力を待ち構えている。またこれから関係する応用方面は、広き人生問題に触れる事になる。人生における破邪顕正に対して多くの拠り所を与える事になる。正しき人生観が獲られるようになる。 迷信打破に関係する、宗教的の正しき信仰に関係する。謬りたる教育の弊害が示摘される。身心の保健、修養の正しき見解が獲られる等々である。医学は今日益々進歩する。研究は益々微に入り細にわたりて遂げられる。然るに利害得失は、常に免れない所であって、「鹿を追う猟師は山を見ず」というように、一局部のみに捉われて大局を忘れるようになり、病を検索して人間を忘れ、角を矯めて牛を殺すようになるのである。 凡そ研究が、徒に微細にわたり、その当初の目的を忘れた時は、却って往々にして謬論迷信に陥る事がある。今日の医学でも、無遠慮にこれを指摘すればほとんど迷信に誓いものが決して少なくはないのである。かの骨相、人相、陶宮術の如きも、その当初は、多くの事実の帰納から出発したものであるけれども、後には「実態と機能との相関」という原理から演繹、敷衍して机上論的に益々微細にでっちあげ、次第に論理の誤謬を重ねたものであって、迷信となった所以である。学問的の事でも、これと同じ経路を取った研究方法によるものは、これを迷信と見なすべきものである。
我等同人はここに学者と通俗、理論と実際との間に立ち、不即不離、不偏不当で、常に必ず実際に適用する事を忘れないで、この雑誌の刊行を発展させて行きたいと思うのである。我等は必ず自分が学者ぶるがために、昔の万葉仮名のように人を難解に苦しめ、自分の技術の尊厳を保つがために、昔の秘伝家のように所謂繁文縟礼の弊に陥らないように、あるいは自分の医業の自衛、偏当のために、昔の人の広告術のように衆人に害毒を与えざらんようにと、常にこの事を念としているものである。さればこの雑誌は、学者にも、読んでお貰いしたい。一般の人にも読んでお貰いしたい。多くの人間味を以て、教養ある常識において読んでお貰いしたいのである。
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