2018年2月24日土曜日

菓子を呪うの記

菓子を呪うの記 昭和13年4月 森田形外

 余は、これまでしばしば病気にかかった。平常も消化器が弱いから、常に食物に制限があり、食いたいままに、自由にむさぼり食う事は出来ない。妻はいつも、余の腹だけは貧乏だから、消化力の乱費をつつしみ、抵抗力の蓄積を心掛けなければならぬといってきかせるのである。
 今度も病気にかかって、久しく寝ているが、軽快期には、何時でも、食欲が亢まって、一寸気をゆるせば、忽ち下痢して、大なる損害を蒙る事がある。先日も見舞いに贈られた菓子にツイ手を出して、やりそこなった。
 凡そ世の人は、病人の見舞に、菓子を持って行く事が多いが、どうしたものであろう。健康な自分が、「己れの欲する処を人に施す」がためでもあろうか。
 さて、病人に、如何なる場合に、菓子が有害でないかという事を考えて見るに、何としても、どうも、それらしい病気を思い出す事が出来ない。或は中風症か肥胖病位のものでもあろうか。
 話変って、西洋のある食道楽の人にある大部の著書があるそうな。その内に、「真の味覚は、食物を口に一杯頬張り、咽喉につまって、呑み下すようでなければ、本当に出るものではない。チビリチビリとかじって、舌の先で味わうようではだめだ」という意味をまわりくどく衒学的に書いてある。これをある日本人が、さも美食通人の真の心境を道破でもしたかのように感服している事があった。余が特に食欲が強勢で、しかも自由に食う事の出来ぬ時、こんな話を聴いて、独り癪に障らざるを得ない。斯くの如き考え方は、単に独りよがりに止まり、決して食通の一般に通ずる真理でもなければ、人情の機微に触れたものでもない。
 ある時、一人の正直勤勉な職工があった。少し貯金が出来たから東電株を買いたいという。3,4株しか買えない。余はこれに金を貸して、10株にまとめて買わせた事がある。斯かる時、もし「株を売買するならば、百か千かまとまったものでなければ、本当の面白味は出て来ない。10や20のはしたものでは、けちくさい。むしろ手を出さない方がよい」といったら、どうであろう。
 これと同様に、富士登山の真の興味は、馬や乗り物を用ゆるようでは、何でもない。健脚で破征服するようでなくてはダメだとか、男子いやしくも戦場に臨む時、三軍を指揮する将官でなくては仕方がない。曹長や一兵卒位ならばむしろ戦争に行かない方がよいとか、威張ったとしたらどうであろう。これを聴いて、誰でも、これを横着・不人情・我儘者と憎みいやしみ・呪い憤るであろう。

 余は常に病気するたびに、大食して威張るものを憤り菓子をくれる人を悦ばず、世に菓子道楽の発達する事を呪うものである。

2017年12月31日日曜日

諸行無常

(第1巻 第4号)


 諸行無常は人生の事実である。

貴賤・賢愚共に生涯、不安定・不立命に終始するものである。

この無常・不安定を常住とするとき、初めてそこに安心立命の境地があることを知るのである。(形外) 


不安心は用心の安心であって、失敗は改良の喜びである。(形外)


 ニイチェ曰く南風よ起れ、北風よ来れ、暴風よ渦巻け、我は敢然としてその中を歩まむ。(悲劇の出生より)

形外曰く南風は涼し、北風は寒し、暴風は恐ろし、されど我々は一々そんな事いって居る暇なきを知る。








2017年10月16日月曜日

入院患者の日記(1)(第1巻 第3号)



18歳、頭重常習、神経質患者


  起床第2日、(1月16日)……仕事は器械的では駄目だという。仕事の見つからないのが気になって、昼食も旨くない。焚物の分類を教えてもらう。丁寧にやれば仕事は幾らでもある。しかし考えてみれば、馬鹿げた仕事である。こんな事をしていても仕事になるだろうかと思われる。気を紛らせているのと同じではないだろうか。こんなに考えるのは屁理屈かもしれない。屁理屈がいけないとすると、考えないでやるのだろうか。すると器械的になりはしまいか。疑問を持ちながら、夕方は余り苦痛ではなかった。何もしないでいるよりは、どんな仕事でも嬉しい。…… 


第5日、朝山さんと炭切りをしている所へ、先生が来られて、こんな話があった。「炭切りは手の真黒になる、いやな仕事である。いやな事であるから、きたなくならないように、早く片付けてしまいたい。これが純な心である。この心から出発する時に、初めて色々の工夫が生れる。そこに進歩がある。「日に新に又日々に新なり」で、日々にする度毎に改良が出来るようになる。これに反してこの場合、自分は修養のため、治療のためだから、少々いやでも我慢しなければならないと思うのは悪賢い小理屈であって、これが所謂悪智である。炭切りの目的は、炭が最も有効に焚けるようにするのにあって、修養のために稽古材料にするのではない。修養のためならば工夫はいらない。だから仕事が単に時間つぶし、遊び事になってしまい、何時までも進歩はないのである」…… 


第6日、……今日初めてお座敷の掃除をした。全身の注意を傾注してやらずにはいられなくなる。心配な仕事が却って愉快な仕事である。井上さんは私に教えて下さった。「掃除するにも、器物や置物やを必ず元の所に置かなければならぬ。これは他人の思わくを尊重する事である。もし単に自分の好きなように、色々に物を置きかえるならば、それはただ自分の几帳面感の満足のみで、自己中心的の行動である。物を大事にし、人を尊敬するという事がなくなるのであると、先生は説明されたとの事である……。「先生に近寄る事の必要を考えて、2階へ障子拭きに行く。近寄るのは苦しいが、近寄らざるは猶更に心細い。先生は絹地に書を書かれていて、その手伝いを頼まれた。非常に緊張して、文字通り戦々兢々たらざるを得なかった。先生からは一言もお話を承らなかったけれども、お話以上のあるものを得たようである。先生の書かれたものは、「事実唯真」「斯くあるべしといふ猶ほ虚偽たり、有るがままにある即ち真実なり」「自然に服従し、境遇に柔順なれ」等である。……日記を見る、先生から赤字で「よく解る感心……」何と嬉しい言葉だろう…… 


第7日、この頃は頭痛がしなくなった。また頭痛が起りはしまいかという心配があるだけである。…… 


第8日、……赤面恐怖患者の診察があった。縁側で仕事しながら先生のお話を聴く。一言一言胸にピタリと感じて非常に面白い。思い出すままに、お話を書いてみよう。「人前に出て恥かしいのは冬が寒いと同じであって、感じない訳にはいかない。狂人や白痴でない限り、人は皆恥かしがるものである。だから恥かしいというだけならば赤面恐怖ではない。恥かしがるまいとするのが赤面恐怖である。冬を寒く感じなくする事の出来ないように、恥かしがらないようにする事も出来ぬ。故に赤面恐怖を治すにはまず人前に出たら恥かしいと思え、冬は寒いと思え、腹がへったら食いたいと思え、これが治療の出発点である。発病以前には、今の様に気が付かなかったというが。今ここの卓上の時計のチクタクが今まで少しも聴こえなかったのに、一度気がついた以上、聴かないようにする事は出来ぬ。聴こえるままに聴いていれば、直ちに忘れて聴こえなくなる。この時、それでは時計は聴いていれば聴こえなくなるかと問うのは、誤った質問である。聴こえるものを聴こうとするのは、二重だから益々よく聴こえる。更にこれを聴かないようにとすれば、反抗心のために三重になって聴こえるようになるのである。恥かしがりやでも全くこれと同様である。今恐怖を治そうとするならば、まず第一に西か東か、その向って進むべき目的地を定めなければならぬ。恥かしさの苦しみがいやならば、学校を止めて、山の中に引籠ればよい。成功、出世したいならば学校に行くときめる。学校に行ってみたり、止めてみたり、東へ行ったり、西へ行ったりしていては何時までも到着する所がない。東と定めたら、足踏みでもよいから、その方へ向いていさえすれば、終には行きつく時節が来る。人に会うのが嫌で、引籠るときめたら、決して家の外へ出ないようにする。そうすれば遂には人が恋しくてたまらなくなる。次に外に出るときめたら、決して逃げ込むような事をしてはならない。「町を歩く時、顔を挙げて行くがよいか。それともうつむいて歩いていても差つかえないか」と、そんな質問は誤っている。泥棒の所はうつむいて歩き、自動車が来れば、顔を挙げなければならぬ。人に呼びかけられたら、チラリとその人の顔を見定めなければ、誰とも分らぬ人と応接は出来ない。その人の顔を見つめるとかいう事は、甚だ不謹慎で不敬の事である。時と場合とに応じて変化するもので、上向くか下向くか、予め定めて歩く事の出来るものではない。 

また例えば自分の寒がりを治そうとするにも、まずその目的の方向を定めなければならぬ。炬燵にもぐり込めば寒い事は知らない。皆が外で遊んでいるのが羨ましければ、外へ出るときめる。外で寒いのを我慢して強いて薄着でいる必要はない。沢山に着て、何かをしている間に、暖かくて上着をぬぐ、スキーなどやれば、シャツ一つになる事もある。この時には最早寒がりなどは少しもないのである。赤面恐怖の治療も皆これと同様である。生の欲望なり死の恐怖なり、どちらでも一定の目的に向って進み、あっちこっちと迷いさえしなければ必ず治るのである。 

なお吾々は自分を成るたけ気持よくしようとすれば、益々良くならないが、気持の悪い時でもこれをがまんし忍受していれば、間もなく楽になるものである。例えば君が今夜、寝る時に、最も気持よく眠られる身体の位置はどうか、頭と枕との関係は、どうすればよいかと工夫すれば、決してシックリと工合のよい姿勢は無い。気持が悪くて眠られぬものである。次の晩には、自分で殊更に、どんな位置でも、そのままに我慢して、気持の悪いままに寝ていれば、間もなく楽に眠られるようになる事を、実地に経験して、これを知る事が出来るのである。 


第9日、……今日は植木屋が来たので、その手伝いに、お昼まで、眼の回るほど忙しかった。……故郷の事も心配になる。……何だか心細い。けれども心細いのが私の平常心である。日記を見る。「文章が中々うまい云々」のお言葉は意外である。尋常1年生が石盤にお丸を貰った時のように嬉しい。夕飯を炊く。…… 


第14日、……足袋や便所の手拭やの選択をし、粉炭の埃ひろいをやる。午後初診患者あり、縁側で紐つなぎをしながら、先生のお話を聴く。「働いていればこの病気が治る。ただそれだけ心得ていて実行すればよい。何故に治るかという理論は解らなくともよい。薬理を知らなければ、医者のくれた薬も飲まないというのでは、病は中々治る事が出来ない。薬理を知るに越した事はないけれども、医者の説明の煩累を無視するような不敬意ではいけない。医者に診察を受ける時に、まず必要な事は、その病が重いか軽いか、この後どうなるかの性質と、どうすれば良いかの処置とでなければならない。もし患者が、熱があるから熱さましを下さい、都合があるから分量を多くして早く治して下さいというならば、それは無教育の田舎者のいう事である。自分の強迫観念の不安を去るにはどうすればよいかという事は、熱をさますには、どうすればよいかと問うと同様である。」……またこんなお話もあった。「神経質は、よく自分が意志薄弱者でないかと取越苦労をする。意志薄弱者とは、人生の欲望乏しく向上心のないものをいう。自分で意志薄弱者でないかと心配するものは、偉くなりたいという向上心のあるものであって、意志薄弱者ではない。」 


 診察後に、入院患者に対してのお話もあった。森さんの日記に、「先生や奥さんに注意される度に、自分の気のきかない事に気がつく」とあるのについて、先生のお話が中々難しい。「先生は森さんの脳力を測量するメートルではない。毎日、自分の頭のよしあしを試験していては、頭の進歩する時節はない。毎日、自分の財布の計算ばかりをしていては、貯蓄の増しようはない。それよりはまず自分は貧乏だときめてしまって、少しでも余分のものを貯金して行く気になれば、何時の間にか金持ちになってしまう。自分は頭が悪いと思えば、悪いと決めてしまって、注意された事があれば、その度毎に、少しずつでも知識を増加して行く工夫をすればよい。測量をやめて収穫に努めればよい。そこに進歩がある。気がきかないのは、自分のあるがままの持ち前である。その上に自分は気がきかないと思うのは二重である。気がきかないと思うのは残念であると思えば三重である。この三重のこんがらかった思想の葛藤が強迫観念の出発点である。ただ自分は気のきかないものときめてしまって、少心翼々としてやっていれば、間もなく自分の気のきかない事が気にならなくなり、周囲の事に自然に気がきくようになるのである。先生に何か注意された時は、懼れてまごついても少しも差閊はない。それが人情のあるがままである。まごついてはいけないと思うから、心はその方の努力に奪われて、先生のいった事は、何の事か聴き脱してしまう。注意されて気のきかないことばかりを悲観しているから、何と注意されたか分らない。……」
 等のお話であった。私は毎日自分の気分の測量をやって来たようである。これから、もう止そう。




2017年10月9日月曜日

生活は調和である2


刺激の変化の工夫が芸術である

  

 吾人の心身の機能は、変化がなく無刺激である時には、何時とはなく弛緩し倦怠を生ずる。またたとえ刺激は相当に強くとも、同様の事が長くつづく時は、何時しかこれに慣れて変化を感じないようになる。即ち吾人は適度の刺激によりて、その心身の機能が弛んでいる時には、これを鼓舞し、余り過敏である時には、これを緩和して、その生活機能を調節して行く時に、吾人はこれをリズムとして感ずるようになる。即ち芸術と称するものは、この関係から発生するのである、といってもよい。 

 音楽、舞踏等は、この種々の刺激の変化を工夫したものである。音階が次第々々に高くなるとか、身体の運動が次第に早さを増すとかいう場合は、自ら心を緊張させ、これと反対に、音が次第に低くなり、運動が次第に遅くなる時には心を弛緩させ、落付かせる。また変化が突如として急激に起る時には、心が急に目醒め、引立つようになる。これ等の関係を、緩急節序に組立てたものが、芸術となって来るのである。 

 吾人は初めは、まずリズムの単調なるものを聴き分け、視分ける事が出来て、これを好み、後にはこれに飽いて、次第に強烈、複雑なるものを悦ぶようになる。而して後にはまたこれにも飽いて、却って単調、純朴なるものを好むようになる。近頃、流行するジャズとかいうものは、恐らくは年少気鋭、もしくは粗野の人の愛好するものであって、老練となれば、却って能楽とか神代楽を好むようになるかもしれない。建築についても、日光の東照宮は、華美壮麗ではあるが、伊勢大廟の荘厳雄大なるには及ばないように思われる。眼に視る曲線の変化は、もとよりリズムの感である。これ等のものの好愛の相違は、各々その人の精神内容とこれとの調和の如何によって定まるものである。



事物の内容と自分との調和


 かの乳児の泣く声は、少青年者には随分うるさい、いやなものである。けれどもこれが子を養うた親、さては、それが我子であるならば、さほどうるさくもなく、あるいはリズミカルにさえ聴きなさるるものである。即ちこれは乳児と親の心の内容とが調和する事であって、初め無感興の事でも、その内容を知る事によりて、次第にリズミカルに感ずる事が出来るようになる。音楽でも舞踏でも、単に初めてこれを聴きまたは視るのと、自らこれをやった事のある人とは、その感興に非常の相違のあるものである。 

 人が自分の国の音楽や風俗習慣やに親しみを感ずるのは、これに同化したがためであって、啄木の歌に、「かにかくに渋谷村は恋しかり、思出の山、思出の川」というのは、即ちこの親しみの感じである。多くの若い人が、あるいは土人の音楽や舞踊等に面白がるのは、単に目先の急変した好奇心というに止まって、その感興とは趣を異にする所があるのである。


 

心を引き立たせるのはリズムによる

 

おおよそ物事をリズミカルにする時には、これがためにその生活機能を引き立たせるようになるものである。貧乏ゆるぎは怠屈をまぎらせ、手拍子、足拍子では活気をつけ、巾跳びの時、小走りに走り、物を投げる時、振子運動の惰性をつけるとか、また煉瓦積み職工や、鉋けづりにも、各それ相当の一定の調子が出来、煎餅焼が身体を揺り動かし、鰻の蒲焼が団扇をバタバタと音させる等、皆リズミカルに調子と拍子とをつけるものである。 

このリズムは初め単調のものから、次第に複雑なるものとなり、音楽でも発達するに従い、非常に複雑なる音の組合せをまとめて、これを大きなリズムに統一する。これは例えば海面の大波の揺れは、その一つ一つが更に小さな種々の波から成立っているようなものであり、また者の分類に、種から類、目から綱と分けるようなもので、種が重なり、類が重なって、各リズミカルになるようなものである。

これと同じく吾人が仕事の能率を挙げるに、複雑なる変化を分類、整理、統一して、これを経済的にし、リズミカルにする傾向がある。図書、台所道具等の整理や、日常生活のやり繰りやも皆同様である。



リズムは記憶や仕事の能率をあげる


 吾人の記憶法も、不規則なる変化を調子よく、リズミカルなものになおして利用する事がある。電話番号や歴史の年号などを、意味のある文句に組み直すとか、薬の分量を記憶するに、「モルヒネの皮下注射、ささせよ(3、センチグラム)1度(1デシグラム)で治る」とか、また歌の口調にすることは、昔からその例が幾らもある。『にくしとも、つれてごんせや七吾さん、六一八は下の座に居る』といって、296 753 618 どちらから数えても、同じく15の数になる。また『嗅いで視る、動く車の三の外、顔聴く舌に迷ふ副舌』といって、脳神経の12対を記憶するとかいうようなものである。 

 また仕事には、他の刺激や活動やのリズムを補助として、その能率を増そうとすることもある。地つき固めの人数が、エンヤラヤーの調子を取るとか、歩行に手を振るとか、字を書くに口を曲げるとか、製図に飽いた時に鼻唄でやるとかいうようなもので、芝居、舞踏の伴奏はそれであり、余はラジオのベートーベンの曲を伴奏と見立てて原稿を書いた事もある。 

 以上は吾人の感興とか仕事の能率とかとリズムとの関係を述べたが、この記述の目的は、実はリズムが吾人の精神修養と大なる関係があるという事を説明したいがための誘導であるのである。 



リズムと精神修養


 吾人は外界の種々複雑なる不快なる刺激でも、自分の精神的態度によりて、これをリズミカルに受け入れ、これに自己を調和同化させて、これに対して無関心となり、更に進んではこれを感興とさえする事もできるのである。 

 少しく言を誇張していうならば、もし芸術が、単に吾人の快感もしくは精神の鼓舞をのみ目的とするならば、それは単に芸術のための芸術であって、人生のための芸術ではない。もし芸術の訓練、修養により、人生の不快をも感謝となし、醜をも美化し、悪をも善化するとすれば、それこそ理想的の人生の芸術である。もし人生を離れた単なる快感のための芸術であるならば、それは恰も菓子屋が、人生は菓子である、と主張するようなものである。 



船に暈わぬ法


 今例えば船の暈という事がある。これは船の動揺、臭気、エンジンの響等が、人の感覚の調和をかき乱して、不快を増悪させるがためである。船に暈わない方法は、これ等をリズミカルにし、自分をこれに調和、共鳴させるようにしさえすればよい。即ち船の動揺については、船が浮き上る時は、自分はむしろ一歩進んで、これを引き上げるように、自分の身体を持ち挙げる心持になり、次に船の沈む時には、身体をおしつけるようにし、これに調子を合せて行けば、初は故意に意識的で、不愉快であるけれども、間もなく無意識となり、自然に船と調和し、リズミカルになるのである。自ら船をこいで、船に暈わないのは、船と自分との運動が一致するためである。医学者が船暈に関して、内耳、三半規管の障害であるとか、種々の説を立てるのは、単に人間の解剖生理のみに拘泥して、吾人心理の相対的関係という事に気付かない為である。もしこれを三半規管で説明するならば、船をこぐ時に暈いて、静かにして居る時には暈わない筈でなければならない。

 船のエンジンの音でも、最も簡単にいえば、単位静かに、耳を立てて、これに聴き入っていれば、間もなく自然に調和され、例えば日蓮宗ならば、トコトントコトン、下駄屋ならばポックリポックリと、これがある一定のリズミカルの調子に聴きなされるようになり、不快はなくなり、船暈は起らないのである。



音が邪魔になるのは、これに反抗するため 

 

 電車通りに住まう人の電車の響でも、屋外のブリキ屋の音でも、初め少しく我慢して、これに聴き入っていれば、これが少しも不快でなくなり、これを聴きながらに、読書でも思索でも出来るようになるのである。 

 もし音が邪魔になるといって、これに反抗し、これを聴かないように、気を紛らせるようにしようとすれば、遠くかすかに響く日蓮宗の扇団太鼓の音でも、読書の邪魔になり、枕元の懐中時計の響きでも、睡眠が出来ないようになるのである。 小児の立ち騒ぐうるささでも、それが自分の子ならば、その子の心持となり、同情となりて調和するために、少しも邪魔にはならないのである。 

 船の臭気でも、成るべくその香いに早く慣れるようにつとめ、これに反抗し、これを拒逃しないようにすれば、早く暈わないようになるのである。



自然に服従し、境遇に柔順なれ 

 

 急流の橋の上から見下す時や、汽車の走る所を見て、その内に吸い込まれるように感じ、眩暈のような感を起すのは、皆これを恐れて、その感覚に反抗するがためであって、流水または汽車と同じ速度に目を動かせば、全く何の触りもなく、無碍自由であるのである。 

 勉強の苦痛や、家庭の仕事や、社交の煩累や、皆これを自分の心の境遇によりて、これをリズミカルに調整する時には、吾人の生活は、常に無碍自由であるべきである。それにはまず自分がその内に没入同化して、その境涯になり、徒にこれに反抗せず、拒逃しないようにする事によるのである。余はこれを『自然に服従し、境遇に柔順なれ』というのである。



2017年10月4日水曜日

生活は調和である(第1巻 第3号)

生活は調和である(第1巻 第3号)

 調和はリズムよりなる  リズムとは律動で、規律的、周期的、反復性の運動もしくは感覚に名付けたものである。 

 宇宙の現象はリズムであって、リズムがなければ現象はない。時間、空間の認識はないのである。大は天体より、小は電子の微粒まで、必ず一定の運動があって、初めてそこに宇宙の万象が成立している。 

 波動はリズムであって、光線は、電子のような微粒子の波動であるといわれ、音響は空気の波動である。五官器は各特殊の波動を神経に伝えて、それぞれの感覚を起すものである。しかるにこれは、光とか味とか温とかとして感ずるのであって、これを波動として感ずるのではない。 

 以上は理学的のもので、直接に吾人の感じの上に関係はないが、心理的のリズムは、一定の形に反復さるる感覚をいうのである。 

 これにも単復種々の相違があって、音または運動の単一なる反復から、節、句、拍子等の複雑なるものの反復もあるのである。音楽、舞踏はそれである。 

 五官器についていえば、単調のリズムは、時計の振子、定斎屋のカンの音、日蓮宗の太鼓等は、耳のリズミカル感覚。波、風車、軍隊の進行等は視覚。マッサージは触覚。煙草を吹かし、飯と副食物と交互に食う等は味覚。貧乏ゆるぎ、歩行等は運動感覚。呼吸、活動と休息、睡眠と醒覚等は一般感覚である。舞踏の如きは、自ら運動することと、他からこれを視る事とは、運動感覚と視覚との相違であって、その興味が全く異なるものである。


 注意作用もリズムから成る  

 吾人の生活機能は、心臓の拍動、呼吸、消化器の活動、筋肉の運動等、皆リスム運動であるように、吾人の精神機能も、リズムであり、注意の機能にも、不知不識の間に、緊張と弛緩とが交代して、リズム運動になっている。例えば吾人がある一点を注視するときには、初めこれが明瞭に視え、次に次第に暗く不明瞭となり、一定の時間において交代して変化する。また時計の振子の音は、初めに聴く音が高く、次の音が低く、高低交互に聴える。実は振子の音に高低があるのでなく、これを聴く耳の注意に、緊張と弛緩との交互の変化があって起るのである。即ち振子は、初めに右から聴けば、その方が高く、また左から聴き始めれば、左が高く聴こゆる事によって分る。これは丁度、ハッと驚きて、手を握りしめ、次に安心してこれを弛める。という事に相当し、即ち筋肉の緊張と弛緩とに相当しているのである。これが吾人の注意のリズムである。 

 この自己内界の変化でも、外界の刺激でも、これが日常の慣れたる事であって、自己の身心に調和している時は、そのリズムの変化を自覚しない。例えば呼吸や歩行等も、平常はこれを自覚しないけれども、呼吸困難とか坂を上るとかいう時には、これを強く自覚するようになる。



急いで落付く事(第1巻 第3号)

急いで落付く事(第1巻 第3号) 

達人の能は、静かに速く、和かに強し。未練の能は、静かにといえば遅く、動けといえば躁がしく、和かにといえば弱く、強くといえばかたくななり。(古人)

急ぐとは、我心の自然発動にして、忙しき時、気のもめる事なり。

落付くとは、周囲の境遇に服従する事にして、仕損じの無きよう静かにすることなり。この心そのままの時、容易に進歩熟練して達人の能となる。

未練の能は、思想の矛盾によりて、徒に我と我心を静かにせんとし、もしくは自己を仕事の型にはめんとするがために起ることなり。(形外)





2017年8月13日日曜日

心は萬境に従て轉ず

(第1巻 第2号) 心は萬境に従て轉ず、轉ずる處實に能く幽なり、流れに随つて性を認得すれば無喜亦無憂なり。訳、心は周囲の事情の変化につれて常に絶えず移り変るものである。強く打てば大きく鳴り、軽くたたけば微かに響く、その変化の滑脱自在なること誠に幽玄である。この心の流れのままにあれば、そこに自己本来の性情が解る。その時は喜びはそのまま喜びであり、憂はそのまま憂であって、苦楽を超越し気分本位でなくなるのである。(形外) 事(ジ)に執(シュウ)するは元と是れ迷ひ、理に契(カナ)ふも亦悟りに非ず。(参同契)訳、藍は味の元だといってこれを食えばからし(迷)、これが身体の必要な成分だからとて常にこれを飲むにも及ばぬ(非悟)、ヴィタミンや生水療法や思いちがえればなおこの藍のようなものである。


 眠らんとあせれば益々眠られず(迷)、周囲の刺激を全くなくしたりとて、我心内の刺激は無くする事が出来ぬ(非悟)、腹式呼吸や凝念法やこの藍と眠りとの如きものが多い。(形外)